携帯電話各社が、未成年者へのウェブアクセスの制限(フィルタリング)を行うことを決めたという。

これは、個人的に言うと「何の意味もないのでは?」というのが正直な感想である。

未成年者=契約者であるケースは、「学割」などを使うケースをのぞき、必ずしも多いとは思えないのである。

私が一番気になる点は、フィルタリングをかけたところで、犯罪抑止につながるかといえば、これも実際問題、実効性に乏しいと言えるだろう。

専門家の方々の意見を無視する訳でないのだが、根本は「サービスの有効性」が第一で、本来、問題がない「通常サイト」もフィルタリングに該当した場合、シャットアウトされるのである。

フィルタリングの手法は、「リスト登録型=ホワイトボックス」方式と「キーワード排除型=ブラックボックス」方式に分けられるという。

ほとんどの場合は、後者のタイプになると言われ、これも一定の効果を持っていることと思う。

ブラックボックス方式では、主に「スコアリング(数値化)」でホームページを判断し、好成績(?)を収めたサイトは、リストアップされる仕組みである。

私自身は、フィルタリングをかけたところで、何の役にも立たないと言うのは「子供だまし」にしかなってないように写るからだろう。

フィルタリング以上に、「ネット社会」だけでなく、「一般社会」における、「個人情報に関する危険性」をしっかり、育成することではないかと思う。

使う以上は、「リスク」も一緒に持ってもらう。

フィルタリングで「危険リスクをへらす」点は評価出来ても、根本の「なぜ危険であるか?」ということは、何一つ担保されていないからだ。

ネット=特別なもの

ということが、あったり、一般社会であれば「あり得ないこと」でも、ネットなら出来てしまうことが、甚だおかしいと思うのだ。

特に携帯電話の場合は「管理社会」であり、「誰がいつ、どんなページをみたか?」ということは調べることも可能だということ。

開示されない理由は「法律」に基づく、「通信の秘密を守る義務」という「電気通信事業者法」で定められているため、簡単ではない。

もう一ついえば、「一度怖い思いをする」ことも大事ではないだろうか。

何でも、臭いものにはフタをすることは、健全に成長はしても、「打たれ弱い」人間が出来るのではないかと思う。

むしろフィルタリング制限がない、一般の人たちの保護だけは、後手後手に見える。

そのようなことから何を今更と思うのは私だけだろうか。

携帯会社は「キチンと対策をやっていますよ」というアピールであって、本質は「使う人たちの資質の問題」ではないか。携帯電話のフィルタリングは、携帯事業者の「免責」を図る既成事実ではないだろうか。

情報教育のさらなる必要性を感じてしまう。